【邪馬台国九州説】倉本一宏氏「3世紀に統一政権前提、おかしい」「天皇家につながっていると言いたい人たちに利用される危険」★4

1 :樽悶 ★:2019/01/25(金) 02:32:24.97 ID:Glqjr2Yv9.net

倉本一宏氏

魏志倭人伝(部分)

 国際日本文化研究センターの倉本一宏教授(日本古代政治史)が、邪馬台国九州説の論考を次々発信している。『日本史の論点』(中公新書、共著)『内戦の日本古代史』(講談社現代新書)といった本や雑誌の対談などだ。邪馬台国の所在地は福岡県の八女市や久留米市あたりだと具体的で興味深い。

 九州か畿内かという論争の現状をみると、畿内説、それも奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡説の声が大きい。メディアもよく「邪馬台国の(最)有力候補地」と紹介する。

 実際、纒向遺跡は普通の集落遺跡とは違う。3世紀初めから約100年続くとされ、「魏志倭人伝」によれば女王卑弥呼はかなりの高齢で248年ごろに死去したので時代が合う。遺跡は大型建物や運河のような大規模な水路をもち、九州から関東まで各地の土器が多数出土した。最初の大型前方後円墳である箸墓(はしはか)もあり、ここが全国に分布する前方後円墳の核心部であることも間違いない。初期王権の王都とみる議論に説得力がある。

   ■  ■

 こうした状況下での倉本氏・九州説。議論の核心は、3世紀の日本列島の政治的まとまり具合をどうみるか、の点だ。九州説なら、卑弥呼を女王にかつぐ倭国は九州の一勢力にとどまるが、畿内説だと、強力な王権が列島の広範な領域を支配していたことになる。この点について倉本氏は「3世紀という古い時代、王権を一つと考えるのがまずおかしい。なぜ一つにまとめたがるのか?」と畿内論者に問う。「僕は、6世紀の磐井の乱まで、九州の勢力を独立政権だと考えています」

 後の歴史をみると、7世紀にようやく中央集権の律令国家が成立する。「聖徳太子や蘇我氏が失敗し、天智、天武、持統天皇があんなに苦労してつくった。しかも最近では、この律令制さえあくまで目標であって完成されてはいなかったという学説が主流です。その400年も前に、あまり苦労した感じもなく中央集権ができるなんて……違うと思います」

 このように、全国統一政権に傾きがちな畿内説の歴史観を批判した上、「文献史料は無理に読み替えてはいけない」と指摘する。これは畿内説が、「魏志倭人伝」に書かれた帯方郡(現在のソウル付近)から邪馬台国までの行程を解読する時、「南」を「東」と読み替えることへの批判だ。

 その総距離の1万2000余里についても、途中の距離の記述に従って引き算すると、「伊都国(福岡県糸島市)から邪馬台国までは南へ千数百里残る。これは他の国々の距離から考えると数十キロ程度。八女あたりで構いません。当時の国家の成熟度を考え、文献を普通に読めばそうなります」

 一方で、倉本氏は纒向遺跡の価値を極めて高く評価する。「完璧な倭王権の初期王都。だから(「魏志倭人伝」にある倭国が)中央権力だという先入観を取り除けば、極めて自然に理解できる。卑弥呼の倭国連合、纒向を王都とする倭王権、他に卑弥呼と対立した狗奴(くな)国など、各地にいろいろな政権が同時にあったと見るべきなのです」

 さらに、纒向の倭王権が日本列島の中心的権力であって、地方政権である卑弥呼の倭国連合より強かったはず、とも話す。纒向王権のシンボル、前方後円墳が早い段階で北九州から千葉県までの広範囲で出現したからだ。ただ広いとはいっても、領域全体を面的に支配したのではない。あくまで拠点の支配であり、一つの地域内でも前方後円墳をつくるところもつくらないところもある。それが3世紀の実態とのことだ。

   ■  ■

 纒向遺跡は今の天皇家まで王権としてはつながっていく。それだけに、畿内説を巡っては注視すべき点があるという。

 「早くから倭の王権も権力も一つで中央集権ができていて、それが天皇家につながっていると言いたい人たちに利用される危険がある。九州説も確証がなくて歯がゆいが、統一政権というものを一度考え直すきっかけになってほしいですね」

 邪馬台国論は古きよき牧歌的論争ではすまないのである。【伊藤和史】

毎日新聞 2019年1月23日 東京夕刊
https://mainichi.jp/articles/20190123/dde/014/040/002000c?inb=ra

★1:2019/01/23(水) 22:24:09.89
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1548318733/

907 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 14:58:37.54 ID:NSdnwPkI0.net

>>381
その視点で行くと、韓国や中国からの侵攻は天皇家に軍権がないときに起きてるという見方が可能

773 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 13:45:16.27 ID:E6i6yyVc0.net

ところで当時の歴の1月て何日?

14 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 02:44:22.75 ID:dRdpCNMp0.net

>>7
なんでそんなめんどいことを
卑弥呼呼びだせよw

403 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 09:31:37.78 ID:I5oeinCf0.net

>>402
何を保守してるわけ?

105 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 03:51:19.57 ID:RPCpxMp30.net

建国記念日がそもそもテキトー。でも決めないと祝えない
天武天皇もそんな気持ちで神話つくったんだろうな
そう思うと親近感も湧くw

158 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 04:25:03.54 ID:rFzY6y0Z0.net

>>154
天照大神って皇室から追放されて放浪の旅に出てるんだけど・・・

832 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 14:24:29.96 ID:hLD5SJbe0.net

ID:QM20MC6N0
ウンコを食べる韓国人

968 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 15:44:11.24 ID:62uqENQO0.net

アマテラスの元ネタは山海経に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人(日本人)の先祖にあたる帝の妻だよ

602 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 12:08:03.98 ID:YtfnhILI0.net

>>596
ついでに出産の無事を願ってドキドキしながら土偶を作ってて
ムラのあちこちに割った土偶を散らばして打ち捨てて再生を願ったって話もあるんだなこれが

859 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 14:37:47.51 ID:gJ6FWlOG0.net

まあ、神武方は、天災を予言し、当たったことにしてたらしいわな
まあ、その程度の知識はあったと

759 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 13:38:45.82 ID:hUfLJv1p0.net

>>751
放射式なんて俺は一度も出してないし
そんなものは信用してない

979 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 15:54:53.49 ID:Z0UJbNuh0.net

クネちゃんやだもんねー

904 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 14:56:59.62 ID:Z0UJbNuh0.net

6 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 02:37:20.31 ID:3We/CZVt0.net

■年表 完成版

247年 邪馬台国(九州)で卑弥呼 死去
255年 神武が九州から奈良へ向かう

280年 1代神武天皇 九州から奈良へ来て制圧
300年 2代綏靖天皇

305年 10代崇神天皇 政権交代
320年 11代垂仁天皇
350年 12代景行天皇 九州まで統一

367年 15代応神天皇 政権交代
397年 16代仁徳天皇 (倭国の五王 讃)
425年 18代反正天皇 (倭国の五王 珍)
443年 19代允恭天皇 (倭国の五王 済)
451年 20代安康天皇 (倭国の五王 興)
462年 21代雄略天皇 (倭国の五王 武)

※ 3〜 9代 物語
※13〜14代 物語
※22〜25代 物語

507年 26代継体天皇 政権交代 (近江・越前の人)
629年 34代舒明天皇 支配領域:近江・越前、安芸(広島)〜遠江(静岡)
668年 38代天智天皇
671年 39代弘文天皇

同時進行
635年 天武(父)王権  拠点:宗像(福岡)
661年 天武王権  拠点:宗像(福岡)
〜壬申の乱 政権奪取〜
673年 40代天武天皇 誕生

※1代神武天皇の血筋が・・・40代天武天皇 説あり

531 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:46:32.27 ID:YtfnhILI0.net

>>530
見た!

69 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 03:30:19.67 ID:ME0U3JkR0.net

邪馬台国なんて無かったんだよ

885 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 14:49:08.63 ID:hUfLJv1p0.net

>>879
唐津の方が遺跡が多かったとかその程度だろう
天候や風、潮の流れによっては
壱岐から近い呼子の方が安全だと思うけどね
唐津も呼子も松浦国だったのならたいして違いは無いだろう

351 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 06:46:44.66 ID:5RlTlwx+0.net

ニギハヤヒの名は天照国照彦火明櫛玉饒速日命
まさに太陽神て感じの名前

884 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 14:48:01.94 ID:E6i6yyVc0.net

あとは陸行と水行しか書いてないから
水行は海じゃなくて川か湖を移動してたことになるよな

591 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 12:03:26.74 ID:YtfnhILI0.net

>>588
”基本”はない

537 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:48:49.70 ID:YtfnhILI0.net

>>535
お前のいうジャップってチョンのことか?
化けの皮が剥がれたなw

1019 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 16:41:18.90 ID:/3gxB6TF0.net

王の地位に就くと一族が支配して
別の系統を排除するので排除されたのが
本州と組んで武力攻撃して潰すのが歴史
移転して奈良で藤原が強大になって長期王になったが
藤原傀儡王
が天皇

342 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 06:29:27.56 ID:7yQVWz0v0.net

中華の正史に記録されただけの勢力が
当時の日本の勢力の代表面すんな

しょせんone of themなんよ
同等以上の勢力が多数存在してたのに
単に貢物を奉げたから正史に記録されてるに過ぎない

そういう卑弥呼や邪馬台国を
必要以上に有り難がる阿呆が歴史を歪める

520 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:41:27.91 ID:YtfnhILI0.net

>>516
それは南米に行った縄文人の船だ

561 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:55:25.72 ID:gJ6FWlOG0.net

>>554
いわゆる敵将神だろ
天神さまみたいな

197 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 04:49:24.19 ID:BuVccjP20.net

>>193
明治からの神道はまた別のもんだからどうなんだそれ?

777 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 13:46:35.32 ID:hUfLJv1p0.net

>>774
それは畿内説の事
東を南と言い張ってるのが畿内説だぞ

637 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 12:29:00.86 ID:Tqrpk3qZ0.net

>>627
当時の日本に七万戸の集落とか存在してない
北部九州地域全体で七万戸ですよ。

3 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 02:35:20.72 ID:3We/CZVt0.net

>>1おつ
2ゲット ずさー(・3・)

1025 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 16:48:34.52 ID:IU1kXwK80.net

>>1020
どこに書いてある?>縄をなっている

327 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 06:17:02.55 ID:H0vrZS6w0.net

>>318
日本書紀の書きぶりからしても(一書に曰わくとか)、帝紀旧辞だけじゃなくていろんな伝承や豪族の持ってた文書とかを転記している可能性は高いと思うね

どれが作り話なのかわからんし時系列もバラバラだと思うけど事実に基づいた記述もかなりあるはず

384 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 09:04:15.86 ID:R+OuIRxq0.net

古墳はもともと墓じゃなくて水田開拓による残土、盛り土
河川の下流に多いのも当たり前
水害時の避難所でもあり、見晴らしもいいから開拓の偉い人を祀っただけ

789 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 13:54:58.72 ID:NucSgeT30.net

後の時代になってまでもいい加減で適当な中国史書の方向だの距離だのを見れば一目瞭然

「こんなもんあてにならん」

と言うだけ

これの珍解釈だけが全ての砦の九州説とか笑わせんなw

196 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 04:48:27.08 ID:HqRa/Ef/0.net

倭国、邪馬台国も九州にあったとしようとなれば倭国大乱もあったであろう
そして神武東征もあったとしよう

しかし温暖な九州から東や北に出ていく理由が「思い立ったから」は流石におかしい
倭国大乱を引き起こしての東征どころか逃走の方が腑に落ちる

そして逃げた先で九州の倭(我が)国とは別の
倭(我が)国を作ったその地名がヤマトそれがヤマト=倭国(我が国)となり倭=ヤマトの読みとなった

邪馬台国は注釈として「邪摩惟 音之訛也」 ヤバタイの訛りなり

とあるので現代では八幡神に名残を残す八幡神は出自の解らない神だ

しかし九州隼人統治の際に大々的に担がれ、後には
「日本国の帝位は伊勢天照太神・八幡大菩薩の御計ひ」
とまで言われる神格となる

伊勢神道的には応神天皇の神霊とされるが
宇佐八幡には多くの女神と、神功皇后が祀られており
女性的に描かれる菩薩として特に根拠もなく習合されている女神の要素の強い神だ

九州の鬼(神)道国ヤバタイの女王であり後に九州再侵略するヤマトによる九州統治の際に
八幡神であり神功皇后にされた女それが卑弥呼

642 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 12:32:33.73 ID:hLD5SJbe0.net

書いてあっても、当時の日本に七万戸の集落とか存在してないニダ

話が通じないんだわ

>北部九州地域全体で七万戸ニダ

何見て言ってるんだ

魏志倭人伝の記述全部足すと、15万戸になる

465 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:09:59.44 ID:Gyu4vy1g0.net

>>461
ありがとう面白そうな本ですね
読んでみます

681 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 12:57:52.88 ID:E6i6yyVc0.net

まあ出鱈目じゃないほうが不思議だわな
いまの日本だってたった数百年前のことさえもあやふやなこと多し
とくに田舎のことならなおさら

460 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:04:30.61 ID:1NocUn/P0.net

気多大社の謂れは興味深い。
孝元天皇の時代(台与の頃かな)オオナムチが【化鳥、大蛇】を退治して【海路が開けた】とある
倭国大乱の余波で日本海航路は安全が担保できない状況だったんだろう

四隅突出墳丘墓の分布
広島→岡山、島根、鳥取→石川、富山

舞鶴マイヅル、敦賀ツルガに無いのは興味深い

敦賀湾〜伊吹山の勢力は義に厚く最後までヤマト政権に抗ったんだろう。日本書紀にある伊吹山の荒ぶる神。

伊吹山は和歌に於いて一途な思いの代名詞
伊吹山にはヤマタノオロチの神霊が眠ると言われている。
伊吹山の麓の稲部遺跡、貴重な鉄が放置されている。

690 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 13:02:20.25 ID:g1MZNXu30.net

>>262
>おいちゃんもこの珍説は理解できかねるでござる

現在の焦点は、結局のところ「編年」
古墳時代には、畿内大和が中心なのははっきりしている

卑弥呼の時代に、古墳時代が始まっていれば、邪馬台国はヤマト国で終了
始まっていなければ、九州説の可能性が生き残る

で、古墳時代の始まりの遺跡、纏向遺跡で出た桃核を使って年代測定したところ
古墳時代は3世紀初頭に始まっていたことが確実視されるようになったということ

桃核があるから邪馬台国、ではなくて、桃核を材料に年代測定(14C法)した結果
卑弥呼の時代は古墳時代⇒畿内が倭国の中心=邪馬台国ということだよ

1005 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 16:25:24.63 ID:NSdnwPkI0.net

>>1004
隼人親衛隊

217 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 05:04:06.14 ID:HssaSqDb0.net

>>9
それな
論点から逸脱してる

980 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 15:56:51.74 ID:qI8W+YQw0.net

おまいらッ おぱよー
庭のお手入れしてたら疲れましたわ

鈴木家 先祖代々・・・5代にわたる由緒正しい土地だから
きっちりお手入れするんや(`・∀・´)エッヘン!!

835 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 14:26:40.56 ID:hUfLJv1p0.net

>>829
でもあれ面白くなかった

535 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:48:06.72 ID:E6i6yyVc0.net

そもそも邪馬台国は日本なのか?て話
ジャップはなんでも日本と結び付けたがる民族だからな

140 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 04:13:17.85 ID:Rwiv2Mlh0.net

596 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 12:06:10.12 ID:vmm5uWCA0.net

>>572
東北には木の柱に括り付けて埋葬されたのも出土してたし、ゴミと一緒に遺体を捨てるかねー
遺体は遺体、ゴミはゴミとして別にしそうだけどねー

死生観が輪廻転生なのか、ユダヤ教などの死んだら黄泉の国へいくっていう考えのどちらかなのかもわからんが

220 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 05:05:37.62 ID:B6CITyu10.net

>>145
そもそも稲作は長野あたりで一回止まってるんだよね。
その後東北にいきなり現れる。

536 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 11:48:19.03 ID:YtfnhILI0.net

>>516
> →稲作伝達時代

それを言うなら稲作伝来じゃねえの?伝達時代てw

392 :名無しさん@13周年:2019/01/25(金) 09:17:58.60 ID:iRLC9Bbh/

だいたい本当に威儀を正した堂々たる朝貢の使節団が来たのなら、魏の方から苦労して送り込まんでも、そいつらを尋問すれば済むことかと。

邪馬台から魏に朝貢が来たことにして、返賜名目でスパイを送り込んだが、ついに旧来の北九州上陸ルートでは、辿り着くことさえ出来なかった。
だから九州から先の行程は、全部テキトー。そう考えれば、みんな符合しますよ。

邪馬台の側では、そもそも魏の使者が来てたこと自体、最後まで知らんかったかも知れない。

250 :名無しさん@1周年:2019/01/25(金) 05:20:55.05 ID:B6CITyu10.net

>>248
同じモノに見えてるならそっちのが怖いわ(´・ω・`)

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